最小重要差(MID)と臨床推奨への 応用:疼痛評価におけるVisual Analogue Scale (VAS)を例に 2025.09.21
目次 1 MIDの用語について 2 序論:臨床的意義の追求 3 第1部:MIC(群内MID):患者が知覚する改善 4 第2部:群間MID : 臨床的優越性の基準 5 第3部:群間MIDの導出と設定プロセス
01 01. MIDの用語について
MCIDからMICとMIDへの変換 • ① 用語の価値観: MCIDの"Clinically"は医療者中心的。MIDの"Important"は患者中心の思想を反映 • ② 概念の混同回避: MCIDは歴史的に個人内・個人間の両方に使われ混乱を招いた。 個人内:MIC(Minimal Important Change) 群 間:MID(Minimal Important Difference) と区別する(Dekker, 2024:ScienceDirect)。 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1063458423009135 • ③ 推奨作成との整合: GRADEアプローチは、患者が重要とみなすMIDを起点に推奨の方向と強さを決定 • ④ 測定学上の整合性: MID/MICは推定文脈に依存するため、名称を分けることで誤解なく伝達可能
MICとMID :群内変化と群間差の定義 どちらもMIDと表現されることもあるため、多くの場面で間違った使用がある • 1. 群内MID (Within-group MID) • 2. 群間MID (Between-group MID) • 別名:最小重要変化量 MIC(Minimal Important Change) • 2つの異なる群(例:新薬群 vs プラセボ群)の アウトカムの差に注目 • 一個人もしくは単一の患者群における経時的な 変化に注目 • 問い:「治療Aは、治療Bよりも臨床的に意味の あるレベルで優れているか?」 • 問い:「この治療は、この患者にとって意味の ある効果をもたらしたか?」 • 例:新薬の効果がプラセボを上回り、かつその 差が患者にとって意味のある大きさかを示す閾値 • 例:鎮痛薬の投与前後で、患者が「楽になっ た」と実感できるVASスコアの最小減少量
MID :群間差も2つの場合がある A群:治療前の値A0 と治療後の値A1 1. (A群の変化「A1-A0」)−(B群の変化「B1B0」)= 2群の平均変化量の差(“difference in change”) 個人内の変化(MIC)を経由し群間差を作る見方 B群:治療前の値B0 と治療後の値B1 2.最終値の差(RCT前提):(𝐴群の術後値A1)−(𝐵 群の術後値B1) = 2群のフォローアップ時点の平均 値の差(“difference in final values”) Cochrane Handbookの推奨:共分散分析(ANCOVA)が良いとされているが難しい •どちらのアプローチも許容: 連続アウトカムの平均差(MD)で統合するなら、“最終値”と“変化量”を同じメタ解析に入 れてよい(同じ基礎的効果を推定すると考えられる)。読者の混乱を避けるためサブグルー プに分けて示す配慮は推奨。 •SMDでは混在させないのが原則: 標準化平均差(SMD)は“最終値のSD”と“変化量のSD”で意味が異なるため、原則として混在 不可(一部の例外的手法はあるが一般的でない)。
追加の考察: 1. ベースラインからの変化量スコアの分析この手法 このアプローチは直感的な魅力からしばしば好まれます。多くの病態において、「変化の大 きさ」は臨床的に意味のある概念です(例:血圧の低下、体重の減少)。各個人の出発点を 考慮し、その後の軌跡に焦点を当てることで、個体差を制御しているように見えます。しか し、変化量分析は、ベースライン値が最終値の最良の予測因子であり、その関係が1対1であ ると暗黙のうちに仮定しています。この硬直的な仮定こそが、統計的非効率性とバイアスへ の脆弱性の主な原因となります 。 よって、ANCOVAは「もし両群が偶然にも全く同じ平均ベースライン値からスタートしてい たとしたら、群間差はどうなっていたか」という問いに答える推定値を提供します 。ベース ライン値を共変量として用いることで、最終アウトカムに対するその影響を「調整」または 「制御」するのです。
MID :MDとSMDについて MD(Mean Difference; 平均差) 平均差) 同じ尺度で測っている研究同士を統合する時に使 う。解釈しやすく、MID(mmなどの単位)と直 接つながる。 SMD(Standardized Mean Difference; 標準化 同じ概念を異なる尺度で測っている研究を一つに まとめたい時に使う。ただし解釈が難しく、母集 団のSDの違い(集団のばらつきや測定信頼性)に 影響される。 同一尺度が揃うならMDを第一選択で、尺度がバラバラならSMD(Hedges’ g を推奨)。 ただし、SDの違いが「尺度の違い」ではなく「集団の異質性」や「測定誤差」の違いを反映 していると、SMDは歪む可能性。可能なら共通尺度へ再スケーリングしてMDに戻す。 SMDの解釈として用いられるのが、Cohen’s d。小効果(SMD = ±0.2)、中等度効果(SMD = ±0.5)、大効果(SMD = ±0.8)の閾値の指針。 ちなみに、Cohen先生本人は、このdの指標を「Cohenは、この基準をいわばたたき台として提案しました。しかも、小規模 の社会心理学研究を対象としたものと明言し「他に基準が何もない時にだけ使用することを勧める(Cohen, 1988, p. 25)」と 述べました。」とのことのようだ。 Cohen のdをどう使うか?(専修大学人間科学部教授:大久保街亜) #その心理学ホント? https://www.note.kanekoshobo.co.jp/n/n522f644f8abc
02 02. 序論:臨床的意義の追求
疼痛評価の基盤としてのVisual Analogue Scale (VAS) 臨床研究および日常診療で広く利用される一次元的な評価尺度 • 一方の端に「痛みなし」、もう一方の端に「想像しうる最悪の痛み」と記載された 100mmの水平線で構成 • 患者が自身の現在の痛みの程度を線上に示す • 連続的なデータを提供し、治療による痛みの変化を捉える感度が高い • 急性痛・慢性痛双方の領域で、治療効果の主要評価項目として頻繁に採用
統計的有意性から臨床的重要性、そして「推奨」へ p値だけでは分からない「患者にとっての意味」を追求する • 統計的有意性(p<0.05)は、統計学的に結果が偶然ではないことを示すが臨床的な重要性を保証しない • 例:大規模試験では平均1mmの差でも統計的に有意になりうるが、患者は体感できない • この乖離を埋める概念が最小重要差(MID) • MIDは「患者が重要であると認識するアウトカムの最小の変化」と定義される • MIDは、エビデンスを具体的な「推奨」へと橋渡しするGRADEアプローチの根幹をなす
03 03. 第1部:MIC(群内MID) :患者が知覚する改善の定量化
概念的枠組みと算出方法 患者の主観的感覚とスコア変化を結びつける「アンカーベース法」 • 群内MIDは、VASスコアの変化量が患者自身の「意味のある改善」という主観と対応する閾値 • 最も一般的な算出法は「アンカーベース法」 • 患者に治療後の全般的な変化の印象を尋ねる(例:「少し改善した」) • 「少し改善した」と回答した患者群におけるVASスコアの平均変化量を群内MIDと定義 • スコアの変化を患者自身の体感と直接結びつけるため、臨床的な妥当性が高い
文献的証拠:多様な臨床状況における具体的な数値 群内MIDは状況によって大きく異なる 急性痛 (救急外来) 急性痛 (レビュー) 9-12 mm 8-40 mm Todd, Kelly Olsen et al. https://pmc.ncbi.nlm.nih .gov/articles/PMC53170 55/ 術後痛 (TKA) 慢性痛 (膝OA) 22.6 mm 19.9 mm Danoff et al. Tubach et al. https://pmc.ncbi.nlm.nih .gov/articles/PMC4327 973/
群内MIDの変動要因 なぜMIDの値は一定ではないのか? • ベースラインの疼痛強度の決定的役割:精神物理学的な観点(ウェーバー・フェヒナーの法則:人間の感 覚量が、受ける刺激の強さの対数に比例するという精神物理学の基本法則:ベースラインの痛みが強い患 者ほど、改善を認識するためにより大きな絶対的減少を必要とする傾向)で説明可能 • 例:VAS 80mmの10mm減 (12.5%) vs 40mmの10mm減 (25%):同じ10 mmの減少でも、後者の方がより 大きな変化として知覚される可能性が高い。 • 単一の絶対的MIC値を適用することの限界を示唆し、相対的なMIC(例: 30%減少)の有用性を示唆 (VAS疼痛スコアの臨床的に有意な最小差は、痛みの重症度によって変わらいとする研究もある: https://www.researchgate.net/publication/11983999_The_minimum_clinically_significant_difference_in_visual_analogue_scale_pain_score_does_not_differ_with_severity_of_pain )
MICのその他の変動要因 改善と悪化の非対称性、VAS自体の特性 • 改善と悪化の非対称性 • VAS自体の線形性への疑問 • 痛みの「改善」と「悪化」でMIDの値が異なる • VASが真の間隔尺度ではない可能性を指摘する 研究も存在する(ラッシュ分析) • 例:Danoffらの人工関節置換術後の研究:改善 MIDは-18.6mmに対し、悪化MIDは+23.6mm • プロスペクト理論(損失回避性)と同様、ネガ ティブな変化(悪化)はより大きく感じられる可 能性 • 「変化なし」を中心に評価尺度は対称ではない • VASの両端(0mm, 100mm付近)での変化は、 中央部での同じ変化よりも大きな意味を持つ可能 性 •もしVASが真の間隔尺度ではなく、順序尺度に近 い特性を持つのであれば、単純に引き算で変化ス コアを計算し、それに基づいてMIDを算出すると いう従来のアプローチは、心理測定学的に見て厳 密ではないことになる
04 04. 第2部:群間MID : 臨床的優越 性のためのベンチマーク
概念的枠組みと定義 臨床試験の計画と解釈に不可欠なパラメータ • 2つの治療群の平均VASスコアの差が、臨床的に重要な利点と見なせる最小の値 • 臨床試験の計画段階で、適切なサンプルサイズを算出するために不可欠 • 統計的有意性だけでなく、差が臨床的に意味のある大きさであることを保証する • 算出法の一例:群間MIDの算出方法の一つとして、アンカーベース法が用いられることがある。例えば、 Smeltらが片頭痛患者を対象とした研究で用いたアプローチでは、「少し改善した」と報告した群の平均変 化スコアから、「変化なし」と報告した群の平均変化スコアを差し引くことで、群間MIDを推定している 25 。この差は、プラセボ効果や自然経過といった非特異的な変化を超えた、真の治療効果に起因する最小 限の重要な差を反映すると考えられる。
疼痛のADSなら、15mmぐらいかな?:どうも、元論文をみると、MIDで なくMIC(群間内MID)であったりして、詳細が不明だ。 群間MID:疼痛VAS 13~15 mm 複数のレビュー論文で引用 Gerlinger C, Schumacher U, Faustmann T, Colligs A, Schmitz H, Seitz C. Defining a minimal clinically important difference for endometriosis-associated pelvic pain measured on a visual analog scale: analyses of two placebo-controlled, randomized trials. Health Qual Life Outcomes. 2010 Nov 24;8:138. doi: 10.1186/1477-7525-8-138. PMID: 21106059; PMCID: PMC3002916. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3002916/?utm_sourc e=chatgpt.com
群間MIDがMIC(群内MID)と異なる理由 • 群内MIDは個々の主観的変化に焦点 • 群間MIDはある集団の平均が、別の集団と識別可能かに焦点 • RCTでは、個人レベルの要因(ベースライン、期待など)は2群間で均等に分布するため影響を受けにく い • 問い:「私は改善したか?」から「A群はB群よりさらに改善したか?」へ • 15mmはプラセボ効果等の「ノイズ」を超えた、真の治療効果を表すフィルターとして機能 非劣性マージンより(10mmぐらいが多い)、若干大きい値である。 Geminiで推奨される13mmは、元論文、https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8604867/ より、群間内MIDだ。
05 05. 第3部:群間MIDの導出と設定:患者の 声と専門家の判断を統合するプロセス 24
研究に基づく導出アプローチ MICは、アンカーベース法と分布ベース法、分布ベース法などがあるが、 MID(群間)では、明確な方法がない。ほとんどの研究が、元論文を確認すると、 MIC(群間内MID)の評価であったりして、具体的な例が不明である。 たぶん、多くが、非劣性マージンなどを利用している。 この非劣性マージンの算出方法も、不明であったりする。 そこで、Guyattらは、専門家パネルによる合意形成を提唱。 連続量ではなく、生存数など絶対効果差の1000人中何人とする例であるが、「MID をパネリストで決定するために」としてまとめた。 https://note.com/mxe05064/n/n246b3f9ce9ee 25